浦和福音自由教会(Urawa Evangelical Free Church)
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すべて疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたし があなた方を休ませてあげます。マタイの福音書11章28節
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ホーム > 週 報 > 2018/05/27
 
2018年5月27日(第21号)

「罪を赦された者の幸い」

聖日礼拝

牧師 坂野慧吉


第1礼拝司会:

宮崎雅之兄  「幸いなことよ。」ということばは、詩篇の第1篇の冒頭に現れる。つまり、「詩篇全体」のテーマが「幸せな人とはどういう人であるか」ということなのである。
 32篇では、「幸いな事よ。そのそむきを赦され、罪をおおわれた人は。」と歌われている。幸いなのは、「罪のない人」ではない。人間として、クリスチャンとして、神のみこころに従って歩みたいと願わない人はいない。しかし、罪を犯さない人も一人もいない。
 最初の人アダムとエバは、蛇の誘惑により、神のみことばに背いて「善悪の知識の木の実」を食べてしまった。二人は主の御声を聞いて、主の御顔を避けて、園の木の間に身を隠した。「あなたはどこにいるのか」と主が声をかけられた時、アダムもエバも自分の罪を認め告白するのではなく、他の存在のせいにしてしまった。
 また、この詩篇32篇を書いたダビデも、姦淫と殺人の罪を犯した。このことは主のみこころをそこなった。主は預言者ナタンを遣わして、ダビデの罪を指摘された。その時ダビデは自分の罪を認め「私は主に対して罪を犯した。」」と告白した。ナタンはダビデに「主もまた、あなたの罪を見過ごしにしてくださった。」と答えた。
 「幸いな人」とは、自分の罪を認める人、主によって罪を赦された人なのである。

第2礼拝司会

山田起嘉兄

奏   楽 峯 弥生姉
前 奏
招 詞* 詩篇100篇1〜5節
賛 美* 539番
祈 り
交読文 ヨハネの福音書15章1〜12節
賛 美* 11番
牧会祈祷

牧師

賛 美*
338番
聖 書 詩篇32篇1〜5節
説 教
『罪を赦された者の幸い』
牧師
献 金 271B番
頌 栄* 541番
祝 祷* 牧師
後 奏
報 告
(*の部分はご起立下さい)

【5月の暗誦聖句】
もしひとりなら、打ち負かされても、ふたりなら立ち向かえる。三つ撚りの糸は簡単には切れない。(伝道者の書4章12節)
【6月の暗誦聖句】
神は真実であり、その方のお召しによって、あなたがたは神の御子、私たちの主イエス・キリストとの交わりに入れられました。
(コリント人への手紙第1 1章9節)
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