浦和福音自由教会(Urawa Evangelical Free Church)
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すべて疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたし があなた方を休ませてあげます。マタイの福音書11章28節
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2019年2月24日(第8号)

「神の奴隷」

聖日礼拝

副牧師 齊藤 耕


第1礼拝司会:

相馬敏之兄  人は何かに服従(あるいは依存)して生きている。一切その存在を認められないとするならば、虚無という思想に服従して生きているのではないか。人には絶対的な自由はない。そして、その服従する存在の奴隷なのである。
 もし、罪の奴隷として生きるならば、行き着く所は死である。もし、従順の奴隷として生きるならば、行き着く所は義である。しかし、感謝すべきことに、私たちは行いによるのではなく、与えられた福音を心から受け入れたことにより、義の奴隷とされた者であった。
 ところで、パウロは私たちクリスチャンが肉の弱さを持っているので、人間的な言い方をしていると述べている。それは、神さまと私たちとの関係が、主人と奴隷の関係にされているところだ。本来は、両者は一つとされた夫と妻の関係である。しかし、奴隷という強いられた恵みを通して、私たちは初めてキリストに服従して生きる責任を覚えるからだろう。また、奴隷制度のあったローマ世界においては分かり易くもあったのだろう。奴隷は主人の所有の存在であり、従う義務があった。しかし、その主人において相応しく報酬も得たのである。
 神さまの奴隷とされたクリスチャンは、神さまの所有の民であった。だから、神さまに服従して生きる義務がある。その歩みにおいて聖潔に至る実を得、行き着く所には最高の報酬である、永遠のいのちという神さまの下さる賜物があった。

第2礼拝司会

本木 誠兄

奏   楽 風間美穂姉
前 奏
招 詞* 詩篇100篇1〜5節
賛 美* 539番
祈 り
交読文 ヨハネの福音書15章1〜12節
賛 美* 66番
牧会祈祷

牧師

賛 美* 聖歌623番
聖 書 ローマ人への手紙6章15〜23節
説 教
『神の奴隷』
副牧師
献 金 338番
頌 栄* 541番
祝 祷* 牧師
後 奏
報 告
(*の部分はご起立下さい)

【2月の暗誦聖句】
しかし、貧しい人は地を受け継ごう。 また、豊かな繁栄をおのれの喜びとしよう。(詩篇37篇11節)
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