浦和福音自由教会(Urawa Evangelical Free Church)
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すべて疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたし があなた方を休ませてあげます。マタイの福音書11章28節
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2019年4月14日(第15号)

「のろいと祝福」

聖日礼拝

副牧師 齊藤 耕


第1礼拝司会:

藤井 邦明 兄  「のろい」と「祝福」は正反対のものを現している。「祝福」とは、様々なかたちにおいて現される神様の恵みでもあるが、究極的には、神様と共にあり、神様と顔と顔とを合わせて交わりにあることを意味する。一方、「のろい」は、神様との交わりが断たれることであり、そこにはいのちがなく死を意味する。
 申命記には、『「このみおしえのことばを守ろうとせず、これを実行しない者はのろわれる。」民はみな、アーメンと言いなさい。』と記されている。つまり、神の戒めに一つでも反する者は、「のろわれた者」となるということだ。とすると、誰が、その「のろい」から逃れることができるだろうか。ローマ人への手紙にも示されているように、「すべての人は迷い出て、みなともに無益な者となった。」「すべての人は、罪を犯したので神からの栄誉(祝福)を受けることができない」のである。
 パウロは、「主イエス・キリストが、あの十字架にかけられたことによって、私たちの身代わりとなって神にのろわれたものとなってくださった。そして、私たちを律法ののろいから贖い出してくださった。」と述べている。なぜなら、申命記には『木にかけられる者は、すべてのろわれたものである』と示されているからだ。それは、律法にはよらず、信仰によって祝福を得るためであり、イエス・キリストによって、「すべての国民が祝福される」というアブラハムへの約束が成就されるためであった。それゆえに、私たちも信仰によって約束の御霊が与えられ、祝福のうちに神様との交わりに生かされる者となった。
 

第2礼拝司会

五十嵐正俊兄

奏   楽 峯 弥生 姉
前 奏
招 詞* 詩篇100篇1〜5節
賛 美* 539番
祈 り
交読文 ヨハネの福音書15章1〜12節
賛 美* 331番
牧会祈祷

副牧師

賛 美* 聖歌623番
聖 書 ガラテヤ人への手紙3章13〜14節
説 教
『のろいと祝福』
副牧師
献 金 515番
頌 栄* 541番
祝 祷* 副牧師
後 奏
報 告
(*の部分はご起立下さい)

【4月の暗誦聖句】
その人は倒れてもまっさかさまに倒されはしない。主がその手をささえておられるからだ。 (詩篇37篇24節)
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