Urawa Evangelical Free Church すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。 マタイの福音書11章28節
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2019年9月1日(35号)
聖日礼拝
第1礼拝司会 :宮崎雅之兄
第2礼拝司会 :本木 誠兄
奏    楽 :峯 弥生姉
前奏
招詞*詩篇100篇1~5節
賛美*539番
祈り
使徒信条週報をご参照ください
賛美*9番
牧会祈祷牧師
賛美*聖歌623番
聖書使徒の働き3章1~16節
説教私にあるものをあげよう牧師
献金355番
頌栄*541番
祝祷*牧師
後奏
報告
(*の部分はご起立下さい。)

「私にあるものをあげよう」

牧師 坂野慧吉

 使徒ペテロとヨハネは、午後3時の祈りのために、宮に上って行った。すると生まれつき足の不自由な人が運ばれて来て、「美しの門」の所に置いてもらった。彼はペテロとヨハネに施しを求めた。二人はこの人を見つめて「私たちを見なさい」と語りかけると、彼は何かをもらえるのかと期待して目を注いだ。
 するとぺテロは「金銀はわたしにはない。しかし、私にあるものをあげよう。ナザレのイエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。」と言って彼の右の手を取って立たせた。すると彼は足が強くなり、躍り上がって立ち、歩き出してペテロとヨハネとともに宮に入って行った。これを見た人々は、この人が、普段美しの門に座っていた人だと知ると非常に驚いて、ソロモンの回廊にいた彼らのところに駆け寄った。
 ペテロは人々に向かって、説教した。「どうして、私たちが自分の力や敬虔さによって彼を歩かせたかのように、私たちを見つめるのですか。」と語り、そしてイスラエルの人々が拒んで十字架につけたイエスを神が死者の中からよみがえらせたことを伝えた。「このイエスの名が、その名を信じる信仰のゆえに、この人を強くしました。イエスによって与えられる信仰が、・・・この人を完全なからだにしたのです。」と説教した。
 私たちは、「私にあるものをあげよう」と大胆に語ることができる。それは、イエス・キリストが今も生きておられ、イエス・キリストの名によって、人々が「いのち」を与えられ、新しい歩みをすることができるからである。
【9月の暗誦聖句】
正しい者の口は知恵を語り、その舌は公義を告げる。心に神のみおしえがあり、彼の歩みはよろけない。 (詩篇37篇30~31節)

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