Urawa Evangelical Free Church すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。 マタイの福音書11章28節
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2019年9月8日(36号)
聖日礼拝
第1礼拝司会 :臼倉和弘 兄
第2礼拝司会 :五十嵐正俊兄
奏    楽 :小澤良子 姉
前奏
招詞*詩篇100篇1~5節
賛美*539番
祈り
交読文ヨハネの福音書15章1~12節
賛美*19番
牧会祈祷牧師
賛美*聖歌623番
聖書ローマ人への手紙8章18~25節
説教『そして父になる』齊藤師
献金324番
頌栄*541番
祝祷*牧師
後奏
報告
(*の部分はご起立下さい。)

「そして父になる」

副牧師 齊藤 耕

 神の子とされた私たちは、キリストと共に御国の共同相続人である。それは、新しく造られた全地(宇宙万物)を受け継ぐことであり、そこで、神のかたちに造られた本来の姿になって生きることである。
 この大きな恵みを受けるはずの私たちに、今あるのは「苦しみ」であるが、「将来私たちに啓示されようとしている栄光に比べれば、それは取るに足りないものである。」とパウロは明言している。
 そして、パウロは被造物(ここでは人間を除く)に思いを向ける。被造物のすべては、人間の罪によって滅びゆく虚しいものとなってしまったが、本来は神の子たちが生かされる舞台だからである。そして、被造物自体も切実な思いで神の子たちの現れを待ち望んでいるという。神の子たちが現われるならば、被造物も共に滅びの束縛から解放され、栄光の自由を回復するからだ。しかし、今は「うめき」つつ、産みの苦しみをしている。
 更にパウロは、「御霊の初穂をいただいている私たち自身も、…私たちのからだの贖われることを待ち望みながら、心の中でうめいている。」という。この地上にあって、私たちは不完全であり、朽ちる肉体と弱さを持つ者であるが、神は、ご自身の子にしようと召した人々を、あらかじめ御子のかたちと同じ姿に定めてくださっているからである。私たちは、その希望と共に救いを経験しているのである。
【9月の暗誦聖句】
正しい者の口は知恵を語り、その舌は公義を告げる。心に神のみおしえがあり、彼の歩みはよろけない。 (詩篇37篇30~31節)

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