Urawa Evangelical Free Church すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。 マタイの福音書11章28節
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2019年10月20日(42号)
聖日礼拝
第1礼拝司会 :臼倉和弘兄
第2礼拝司会 :小室正彦兄
奏    楽 :峯 弥生姉
前奏
招詞*詩篇100篇1~5節
賛美*539番
祈り
使徒信条週報をご参照ください
賛美*9番
牧会祈祷牧師
賛美*聖歌623番
聖書詩篇77篇
説教『主の不在と主の臨在』牧師
献金520番
頌栄*541番
祝祷*牧師
後奏
報告
(*の部分はご起立下さい。)

「主の不在と主の臨在」

牧師 坂野慧吉

 詩篇77篇は、「賛歌」と言われている。しかし、単純に「神をほめたたえよ」という歌ではない。
 主がアブラム(アブラハム)と契約を結んで「わたしはあなたの子孫に、この地を与える」と言われる前に、「見よ。ひどい暗黒の恐怖が彼を襲った」と記されている。アブラハムが暗闇を経験したように彼の子孫は異国の地で奴隷となり、四百年の間苦しめられ、その後約束の地に戻るようになる。
 詩篇77篇の作者も、苦難の中で神に叫び求め、神がその祈りを聴いて下さることを信じつつも、「主はいつまでも拒まれるのか。主の恵みはとこしえに尽き果てたのか。・・・怒ってあわれみを閉ざされたのか。」と煩悶する。神の恵みを信じる思いと、現実に神の恵みが絶えてしまったのかという絶望との間で、心が揺れ動いているのである。
 そのような中で、彼はイスラエル民族の歴史の中に現された「主の御業」を思い起こす。特に、出エジプトの時に現された主の大いなる救いの御業を思い起こし、紅海が分かれてその中を進んだ主の民の救いを思い出す。
 主は、モーセとアロンによって、ご自分の民を「羊の群れ」のように、エジプトから導き出されたのだ。こうして詩篇の作者は、「主の臨在」を信じる信仰に導かれる。
【10月の暗誦聖句】
全き人に目を留め、直ぐな人を見よ。平和の人には未来がある。 (詩篇37篇37節)

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