Urawa Evangelical Free Church すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。 マタイの福音書11章28節
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2020年11月8日(第45号)
聖日礼拝
第1礼拝司会 :臼倉和弘兄
第2礼拝司会 :梅田典晃兄
奏    楽 :峯 弥生姉
前奏
招詞*詩篇100篇1~5節
賛美*539番(会衆賛美)
祈り
聖書ローマ人への手紙12章17~21節
牧会祈祷牧師
説教「汝の敵を愛せよ」齊藤副牧師
献金298番(黙想)
頌栄*賛美歌541番(会衆賛美)
祝祷*牧師
後奏
報告
(*の部分はご起立下さい。)

「汝の敵を愛せよ」

副牧師 齊藤 耕 

 主イエスは山上の説教で「自分の敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。」(マタイ5:44)と教えられた。事実ご自身は、敵対する民を、その罪と死から救うために十字架に命を捨てて愛を示された。そして、今も、父なる神の右に座し、とりなしの祈りをささげている。
 パウロは、そのような愛によって生かされているクリスチャンもまた、兄姉の互いの愛にとどまるだけではなく、(14)「迫害する者たちを祝福し」(17)「悪に悪を返さず」(21)「善をもって悪に打ち勝ちなさい」と、敵対する者たちにも愛をもって行動することを励ましている。
 しかし、実際のところ私たちにそのようなことができるのだろうか。大切なものが奪われたり、心が踏みにじられるような経験をするときに、私たちの心には怒りが湧く。心を閉ざして冷たくなるだろう。ただ、主イエス・キリストが、敵対した私を赦して、私のためにご自身の命を捨てて、愛してくださったということだけが心の支えとなるのだが。
「愛する」ということは「好き」になる感情とは違う。意思によって表すことができるものである。その相手の祝福を祈る中で、こちらの感情も変えられていくのかもしれない。このようなことは、霊的な戦いである。悪に悪を返すならば、悪に負けてしまう。しかし、悪に対して、むしろ、善をもって報いるならば、私たちは信仰の勝利を得ることになるだろう。ここにクリスチャンの喜びがある。

9時25分から第1礼拝のライブ配信を始めます。また第1礼拝終了後はその動画(録画)をご覧になれます。(別ウィンドウ/タブが開きます)


説教の音声をお聞きになれます。
音源(音声ファイル)は上の映像とは別のものです。


【11月の暗誦聖句】
私たちがキリストの死と同じようになって、キリストと一つになっているなら、キリストの復活とも同じようになるからです。 (ローマ人への手紙 6章5節)