2025年1月12日(第2号) | ||
聖日礼拝 | ||
第1礼拝司会 : | 横田 眞兄 | |
第2礼拝司会 : | 風間岳志兄 | |
奏 楽 : | 田中美穂姉 | |
前奏 | ||
招詞* | 詩篇100篇1~5節 | |
賛美* | 539番 | |
祈り | ||
主の祈り | 週報をご参照ください | |
賛美* | 6番 | |
牧会祈祷牧師 | ||
賛美* | 310番 | |
聖書 | マルコの福音書14章1~11節 | |
説教 | 「ナルドの壺」牧師 | |
献金 | 391番 | |
頌栄* | 541番 | |
祝祷*牧師 | ||
報告 | ||
後奏 | ||
(*の部分はご起立下さい。) |
「ナルドの壺」
牧師 齊藤 耕
主イエスが十字架の死を遂げられるときが迫っていた。過越しの祭りを翌日に控えて、主イエスはツァラアトに冒された人シモンの家で食卓についておられた。そこに、ある女が非常に高価なナルド油の入った壺を持って来て、その壺を割り、香油をすべて主イエスの頭に注いだ。家は香油の香りで満ちた。
すると、弟子たちは憤慨して、この女を責めた。「三百デナリ以上に売れて、貧しい人たちに施しができたのに。」ということだ。三百デナリは、およそ年収である。彼らには無駄に思えた。
しかし、主イエスは彼女の愛の行為を受けとめ、弟子たちに、「なぜ困らせるのですか」と言われた。そして、「(彼女は)わたしのために、良いことをしてくれたのです。」と。あるいは「美しい」の意。事実、それは美しいものだった。彼女は、最も大切なものをすべてささげて、主に注いだのである。
主イエスは、「彼女は、自分にできることをした」と言われた。持っているものの中からささげたのだ。しかし、壺を割って香油が注がれたように、それは惜しみなく、すべてがささげられたのである。
主イエスはこれを、ご自分の埋葬に備えて、前もって身体に香油が塗られたものと受け止められた。このことは、世界中どこででも、福音が宣べ伝えられるところでは、この人の記念として語られることとなった。そして、今日私たちも聴いている。