Urawa Evangelical Free Church すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。 マタイの福音書11章28節
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2025年3月9日(第10号)
聖日礼拝
第1礼拝司会 :小室正彦兄
第2礼拝司会 :黒羽 徹兄
奏    楽 :田中美穂姉
前奏
招詞*詩篇100篇1~5節
賛美*539番
祈り
交読文ヨハネの福音書15章1~12節
賛美*62番
牧会祈祷牧師
賛美*310番
聖書マルコの福音書14章32~42節
説教「ゲッセマネの祈り」牧師
献金133番
頌栄*541番
祝祷*牧師
報告
後奏
(*の部分はご起立下さい。)

「ゲッセマネの祈り」

牧師 齊藤 耕 

 ゲッセマネの園は、エルサレムの東ケデロンの谷を越えたオリーブ山の麓にあり、祈りの場として度々主イエスと弟子たちが訪れていた所である。「わたしが祈っている間、ここに座っていなさい。」主イエスは、弟子たちがこの祈りの場に、ただ身を置くことを願われた。
 そして、ペテロとヤコブとヨハネを連れて行った。その時、主は深く悩みもだえ、「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。ここにいて、目を覚ましていなさい。」と言われた。十字架に向かう主イエスは、何を感じておられたのか。これまで、弟子たちに何度もご自身の受ける苦難を予告されてきた。十字架の死を覚悟して、今ここにある。私たちは、「悲しみのあまり死ぬほど」と言われる主イエスの御思いを知ることができるだろうか。
 それから、更に進み、地にひれ伏して祈られた。「アバ、父よ、あなたは何でもおできになります。どうか、この杯をわたしから取り去ってください。しかし、わたしの望むことではなく、あなたがお望みになることが行われますように。」と言われた。 主イエスにおいてさえ、この死ぬほどの悲しみは、取り去って欲しいものであった。杯は苦しみである。しかし、主はご自分の思いを優先されず、父が望むことに、その身をゆだねられた。そして、深い平安のうちに祈りを閉じられたことだろう。

11時25分から第2礼拝をライブ配信します。第2礼拝終了後はその動画(録画)をご覧になれます。


説教の音声をお聞きになれます。
音源(音声ファイル)は上の映像とは別のものです。


【3月の暗誦聖句】
そしてこう言われた。「アバ、父よ、あなたは何でもおできになります。どうか、この杯をわたしから取り去ってください。しかし、わたしの望むことではなく、あなたがお望みになることが行われますように。」
(マルコの福音書 14章36節)