2025年3月23日(第12号) | ||
聖日礼拝 | ||
第1礼拝司会 : | 横田 眞兄 | |
第2礼拝司会 : | 風間岳志兄 | |
奏 楽 : | 小室陽子姉 | |
前奏 | ||
招詞* | 詩篇100篇1~5節 | |
賛美* | 539番 | |
祈り | ||
使徒信条 | 週報をご参照ください | |
賛美* | 7番 | |
牧会祈祷牧師 | ||
賛美* | 310番 | |
聖書 | マルコの福音書14章32~42節 | |
説教 | 『ゲツセマネの弟子たち』牧師 | |
献金 | 134番 | |
頌栄* | 541番 | |
祝祷*牧師 | ||
報告 | ||
後奏 | ||
(*の部分はご起立下さい。) |
「ゲツセマネの弟子たち」
牧師 齊藤 耕
ゲツセマネでの祈りは一時間続いた。ルカの福音書には、主イエスは苦しみもだえて、いよいよ切に祈り、汗が血のしずくのように地に落ちたとある。一方、疲れていた弟子たちは、いつの間にか眠ってしまった。そこで、主イエスはペテロに言われた。「シモン、眠っているのですか。一時間でも、目を覚ましていられなかったのですか。誘惑に陥らないように、目を覚まして祈っていなさい。霊は燃えていても肉は弱いのです。」
それから、主イエスは再び離れて行き、前と同じことばで祈られた。すなわち、葛藤しつつ、祈りの戦いにあった。しかし、弟子たちは再び眠ってしまった。睡魔に襲われ耐えられなかったのだ。彼らは、不甲斐なく感じて、主イエスに何と言ってよいか、分からなかった。
しかし、主イエスは弟子たちを咎めるのではなく、ご自分の祈りを終えられると、三度目に戻って来て彼らに声をかけられた。「まだ眠って休んでいるのですか。もう十分です。時が来ました。見なさい。人の子は罪人たちの手に渡されます。立ちなさい。さあ、行こう。見なさい。…」と。
確かに、人間は弱い器である。主なる神ご自身が、人間をそのように造られた。弱い器であるからこそ、人は主に祈り、主に寄り頼み、主とともに歩むことに導かれる。そのような弟子たちを、主は愛され、その愛を十字架によって示された。